物語3:幻夢

ある小学校に宮本真由美を含めて友人たちと、左近寺勲は遊びに来ていた。校庭から教室の中が見える。
窓際に寄り、左近寺たちは一つ一つの教室を見て回る。

教室の中には、懐かしい古びた小学生用の机が並んでいた。ある教室ではたくさんの学童が賑やかに
騒ぎ、ある教室では学童が一人で一生懸命に勉強をしている。

また、他の教室では先生が学童に白い用紙を配っていて、試験か何か始まるようだ。

左近寺たちは、懐かしくそれらの教室を見て回った。校舎の端に来たとき、突然、真由美が言った。

「あたし、気分が悪いの」

「え?」
左近寺は、適当な言葉が見つからなかった。

「きょうは早く帰ろうかしら」

「うん、それがいいね」

左近寺たちは、真由美を気遣いながらも、教室の中に入っていった。その教室は左近寺が中学のときに
使っていたものに似ていて、懐かしいものだった。

そこから出ると、二階に行った。二階の廊下の突き当たりに、机も椅子も何もない薄暗い小さな教室が
あった。その部屋はなんだかどんよりした空気に包まれ、薄気味悪かった。

部屋の南と西側に四角い小さな窓があり、そこから外の景色がとてもきれいに見える。遠くの木々の緑、
空の青さ、そして、彼方まで広がる湖面のまぶしさが印象的に目に映る。

西側の窓から見える景色は近景のもので、森の緑と湖の青さが交わる点に、一軒の赤い屋根をのせた
住家が見受けられる。

しかし、外は今にも雨が降るかのようにどんより曇っていて、湖の水が急に冷たく感じられ、その湖面が
この小さな部屋の下まで続いているかのようであった。

「この窓から見える景色は“窓絵”といって、まるで額縁に入った絵画のように見えるだろう」
いっしょにいた友人の園田宗一郎が、教えてくれた。

まさに西と南の四角い窓から見える景色は、絵画のように鮮やかだった。

しかし、どこかしらどんよりしていた。その暗い感じはこの部屋の雰囲気せいなのだろう。部屋全体が
がらんとして、薄気味悪かった。

左近寺はその教室から出た。今何時だろうと思って、懐中時計を取り出そうとしたとき、手がすべって
時計を落としてしまった。時計は階段を滑り落ち、一階の床まで転がっていった。

左近寺がそれを拾いにいき、また階段を登り始めたとき、二階の手すりのところで真由美がこちらを見て
いるのに気がついた。

左近寺が無意識に時計の文字盤に目をやろうとしたとき、真由美が彼のそばにきて、何か言った。
その言葉が何だったのか、思い出すことができない。

左近寺は一人になると、すぐそばの教室に入り、園田と無駄話をしていた。すると、真由美が一人で
廊下を足早に通り抜けた。

「帰るの?」
左近寺のほうから、声をかけた。

「ええ」
そう言って、真由美は帰っていった。

左近寺はこのとき、真由美が言った「きょうは気分が悪いの」という言葉を思い出した。

しかし、それが真実なのか、それとも早く帰るための口実なのか、わからなかった。