自筆の遺言

場面6.自筆の遺言(婆さんの話) ― 簡単じゃ ―

「あたしゃ、このページに川柳を書き込んだことがあるので、今では“川柳ばあさん”と
呼ばれておる。

この前、やっぱり、遺言のことを書き込んで有名になった“遺言じいさん”の家に行って、
遺言を見せたのじゃ。そしたら、“パソコンで打った遺言は無効じゃ”と言われた。

そこで、癪にさわったので、自分で遺言を書いてみた。書いてみればわりと簡単じゃった。

まず、自分ですべてを書くのじゃ。本文も署名もじゃ。本文は下手な字じゃが、
こう書いた。あたしゃには4人の子がおるのじゃが、むかしのしきたり風に“あたしゃが
死んだら、財産は長男に相続させる”ってね。

それから書いた日付けじゃ。今日は大安だから、大安吉日って書こうとしたら、ダメ
らしい。ちゃんと“1月1日”のように書かなくちゃいかんのじゃ。

次に、名前を書くのじゃ。あたしゃ、川柳ばあさんって呼ばれているので、川柳ばあさん
って書こうとしたら、これもダメらしい。本名を書かなくちゃいかんという。しょうがないから、
本名の“小林トチ”って書いたよ。

それから、名前の下に“ハンコ”を押すのじゃ。実印でも三文判でもいいっていうよ。また
拇印でもいいんだって。これは、指で押す指紋のハンコのことじゃ。

ここで一句できた。“ばあさんも 白魚の指は 健在じゃ”昔のあたしゃをしのぶいい句
じゃろう。それじゃ、もう一句。“遺言は 子どもに残す 親心”あんたも、ぜひ遺言を書いて
みなされ」