事件7:自己破産(後編)

「では、破産手続をする際の必要書類を、具体的に言いましょう」
左近寺は話をすすめた。

「ええ」

「まず、破産申立書を提出します。この申立書は、多額の債務があり破産原因が存在するため、
破産を申立てる旨の書面です」

「……」

「その破産申立書に、住所、氏名、申立ての趣旨、申立ての理由などをていねいに書きます。
同時廃止を求める場合は、その旨を申立ての趣旨の部分に書き加えます。申立ての理由においては、
支払不能の状態という破産原因があることを明確にします」

「ふうん」

「破産申立書の添付書類として戸籍謄本、住民票、陳述書が必要なことは前に申し上げました」

「ああ、憶えてるよ」
金竹は、なかなか記憶力もいい。

「ここでいう陳述書というのは、住所、氏名、自己の経歴、債権者との状況などを書いて、最後に、
破産申立てに至った経緯、支払いができなくなった事情などを記載します」

「ふうん」

「この陳述書は、必ず自分で書いて下さい。破産申立てに至った経緯、支払いができなくなった
事情などについては、書き方の方式はありませんので、ありのままの事実をそのまま書けばよいのです」

「なるほど」

「また、別紙として、家計の状況、公租公課の支払状況、資産目録、生活等の状況、債権者名簿の
書類を作成する必要があります」

「なに、家計の状況と公租公課の支払状況と……。なんだか、面倒くせえな」

「面倒がらずに、自分で作成できるものは作成します。このような努力を惜しんでは、自己破産は
できません」
左近寺は、説得するように言った。

「わかったよ」
金竹は、素直にうなずいた。

「まず、家計の状況と公租公課の支払状況については、毎月ごと、誰の収入でどのようにして生計を
たてているか、詳細に書く必要があります」
左近寺は説明を続けた。

「ふうん」

「資産目録については、負債の総額すなわち借金の総額を記載し、次に、現金、預貯金、その他の
財産的価値のあるものを書き込みます」

「おれは、預貯金なんかないよ」

「なければ、ないというように記載します」

「……」

「生活等の状況は、現在勤務している会社や職業などを書き、収入も書き込みます。また、家族の
同居別居の有無も記載し、現在の住居は持ち家か借家かの区別も必要になります」

「なるほど、細かいんだな」

「そうです。さらに、債権者名簿には、サラ金業者の名前だけでなく、友人親戚などからも借金が
あればそれも記載します」

「おれは、サラ金からしか借金はないよ」

「それだったら、サラ金だけの名前を書けばいいんです」

「なるほど」

「それから、その他の関係書類として、サラリーマンの人は給料明細書または源泉徴収票、会社を
辞めた人は離職表または退職金支払額証明書を提出します」

「……」

「また、申立人の現在の状況を証明するために、生活保護受給証明書、生命保険証書、それを
解約してしまった人は解約返戻金の証明書、家屋の賃貸借契約書の写し、土地建物の登記簿謄本
なども提出したほうがいいでしょう」
左近寺はさらに細かい説明を続けた。

「ますます、ややこしくなってきたな」
金竹は、少しうんざりしてきたようだ。

「なにがなんでも自己破産をするんだ、という強い決意があればこのくらいの書類は集められます」

「そうだな……」
金竹は、決心したように言った。

「また、資産が少しもなく同時廃止の申立てをするときは、同時廃止の上申書を書きます。これは、
資産がないため、同時廃止の決定をしてもらいたい旨を書けばいいのです」

「ふうん」

「それから、破産宣告がなされた後、免責の申立てをします。このとき免責の申立書を書きます。
免責の申立書という書面には、申立人は破産宣告とともに同時廃止の決定を受けたので、免責の
決定をしてもらいたい旨を簡単に書きます」

「なるほど」

「免責の申立書の添付書類として住民票、債権者一覧表が必要になります。これは前にも
申し上げました」

「ええ」

「自己破産するためには、以上の書類を集める必要があります。早く借金地獄から抜け出すためには、
このような努力を怠ってはいけません」

「わかったよ。すぐに集めるよ」
金竹信二は、左近寺の話を聴き終わると、決心したように帰っていった。

数日後、金竹はこれらの書類を持って、事務所にやってきた。

左近寺は、金竹信二が自分では書けなかった破産申立書、免責の申立書などを作成すると、
それらを破産者が住所を有する江須地方裁判所に提出した。

これで、あとは裁判所の破産宣告と、そのあとの免責決定を待つばかりになった。

金竹信二は、破産申立てをしてから二ヶ月後に破産宣告をうけ、さらに、その後、免責の申立てを
してから、六ヶ月程度で免責決定を得ることができた。
これで、金竹信二はサラ金からの借金を返済しなくてもいいことになった。

その金竹信二が再び、左近寺の事務所を訪れた。

「先生のおかげで借金がなくなりなした。本当にありがとうございました」

「いえ、お礼には及びません」

金竹は、ちょっと急に沈んだ顔つきなると、うつむきながら言った。
「実は、破産決定を得てからおれの親父が亡くなったんですが、親父のわずかな貯金をおれが
相続できました」

「ほう、お父さんには気の毒なことをしましたね。お悔やみ申します。それはともかく、破産決定を
受けてから、その後に得た資産は自由に使えることになってるんです」

「そうですか」

「そのお金で生活の基盤を築いて、もうサラ金などに手を出すようなことはしないでくださいよ」

「はい、肝に銘じておきます」
金竹は反省をしているようだった。

「それにしても、司法書士が、こんなに頼もしい先生だとは思ってもいませんでしたよ」
金竹は少し間おくと、感心したように言った。

「おれも、司法書士になろうかな」

「それが、いいかもしれませんね」

左近寺がそう言うと、金竹信二は彼の顔を見ながら、明るい笑顔を浮かべた。